高校留学のヒントを探る

単数形に対応するのは、「三単現のs」だ、と私たちはあれほど習ったではないか。
それなのに、X People comes to……acome to……にLしなければならない。 その理由は何なのか。
それは、「このpeopleが、単複同形だから」ではダメ。 peopleは単数形だ、とはじめに断言したことを思い出そう。
当然、peoplesという複数形があるのである。 ここで、英文法学の規則が破れるのである。
「主語が単数形なら、動詞ば三単現のsがつく」という規則(法則)が崩れて、peopleにはこの規則が使えない。 こういうノレール違反が時々あるから、外国語の勉強はイヤになる。

peopleというのは、まさにそのような単語だ。 その理由は、peopleは、その意味・内容に「人々」という複数の意味が含まれているので、複数扱いして、ゆえに、動詞は、sを取らないで複数対応させるのである、ということである。
ここでは、「意味論上」(semantical,セマンティカル)のものと、「統辞論上=文法学上」(syntactical,シンタクティカル、grammatical,グラマティカル)のものとが、衝突を起こして、「統辞論上=文法学上」の規則の方が、ボコッとへこんでしまったということだ。 世の中には、'grammatically OK' (グラマティカリー・オウケイ)だけど'semantically not good' (セマンティカリー・ノット・グッド)ということが実に多い。
「私は、今朝、机を食べた」というのは、文法的(グラマティカリー)には、正しい文だが、意味論的(セマンティカリー)には、not good=wrong 「間違い」である。 人間が机を食べることが、あり得ないことはないが、ふつうはあり得ない。
だから、こういうのを、「意味論上まちがい」と言う。 実は、私たちが勉強している、外国人としての英語は、統辞論(シンタックス。
単語と単語のつながり方についての学問のこと)、つまり、文法学上の諸規則を勉強することばかりに熱中させられる。 意味論上、その文が一体どういう内容かについては、「英文長文読解」というところに、ホーンと放り投げ出されて、そこで、どんな人が書いた文なのか、の説明など一切なしに、背景説明もなしに、ある1冊の本の中の何十行かを抜き出しただけの難しい英文を読まされる。
文章の前後の意味も分からず、何についてのどんな立場の人の文章なのかも知らされずに、ただなんとか無理矢理推理しながら、自分なりに自然な日本文に訳そう訳そう、と、みんなもがき苦しんだのだ。 意味論上の問題と統辞・文法上の問題の両面がうまくかみ合わないために、最後には、「英文法なんかいらない!」と叫び出す人々がいる。
この、統辞・文法学の面から英語を考えることと、意味論その英文が置かれている状況を、なめらかに読解すること。 すなわち、文脈(context,コンテクスト)をdecode(デコード、解読)することーの面から英語を考えることの両者を統合しなければ、日本人英語は改良されることはないだろう。
X People comes to……ではなくて、People cometo……となることを観察した。 それは、意味論の方が文法=統辞論を打ち破って、peopleは、意味上当然に「複数の人々」を内包するので、peopleは「複数扱い」とするのだということにしたのである。
コトバの勉強には、こういう、理論で押して行ったら説明のつかない事例が、ときどきある。 それは「原則」に対する「例外」と称されて、それらの「例外」は、「例外」のまま、放置されて、途中の理由も説明せず「そのようになっているものとして、そのように覚える」ということにしている。

そして、なぜか、こういう「例外」も、またさらに、どうしようもない奇妙な「例外の例外」を生み出して、もともとの「原則」が何だったのか、が分からなくなっているのが、日本の英語教育である。 そして、そういう「例外の例外」を説明抜きで、たくさん英語の試験に出すものだから、みんな英語の勉強にものすごい恐怖心が生まれ、コチコチになって身構えてしまい、英語の自然な理解が妨げられてしまったのだと言えよう。
このpeople come……にの英作文として必修であり、合格したい人はどうしても高校時代に知っておかなければならない、隠れたチェックポイントになっている。 American people come to Japan のcomeにsがつかない、それは、このpeopleがその含意に従って「複数扱い」されるからなのだ、というこんな簡単な事実ひとつを高校生のとき教えられないで大人になった日本人がほとんどである。
責任はとこにあるのか。 そこで、だめ押しするが、「日本と中国とインドの3つの国民は、アジア人である」の「3つの国民は」のときには、'These three peoples are Asian'となって、peopleにsがつく。
この場合のpeopleは、「人々」という意味ではない。 国民国家(nation state, ネイション・ステイト)における全体集合としての、国民nationという意味である。
だから、これは、=These three nations are Asianとも書けるのである。 日本人だけしか使わないヘンな英語。
l keep a dog 「私は犬を飼っている」このkeepは「抱きしめる」の意味が強いので、より自然には、l have a dog と言うべきだと、haveについての章で、書いた。 そこで、もうひとつ例をあげよう。

たとえば、日本人は、(ほぼ全員が)What is the matter with you ?(ワッツ・ザ・マター・ウィズ・ユー)という英文を中学英語として習って知っている。 これは、「どうしたんですか。
何かあったんですか」という日本語の訳になっている。 ところが、これを、日常の基本的な表現として英語世界で使うことは、危険である。
この英文は、かなりの緊急事態のときにしか使ってはいけない表現だからだ。 もし、この英文を、周囲の状況まで再現しながら、正確な日本語にすると、「一体、何があったんだ。
おまえ。 警察につかまるか(精神病院に入れられるような)何か重大なことをしでかしたのか」と、相手に向かってビックリ仰天しながら、問いただすときにしゃべる表現である。
特に、'What is the matter with you ?' のwith youのところがいけない。 これを、付け加えると、どうしても「警察か精神病院に関わる事件」という意味合いが、にじみ出てくるのである。
なぜか。 それは、英語世界で、この例文が、その上うな文脈で使われて来た長い歴史そのものの蓄積の上に成り立っているからである。
つまり、私が再三言うように文法的(統辞的syntactical,シンタクティカル)には正しい英文であるとしても、「含まれている意味上」semantical,セマンティカルの問題として、厳然として、英語圏の国々ではそうなっている、ということである。 What's the matter ? だけなら、ちょっと大げさだが日常で使ってもいい。

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